街並みの中に奥行きが現れるケーキ屋さん
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この施設は、地域に暮らす人・働く人・学ぶ人が主役となって活動できる場を目指してつくられました。事業主は京王電鉄株式会社。聖蹟桜ヶ丘は同社の本社がある街でもあります。
これまで京王電鉄はエリアマネジメント法人での活動等を通じて河川敷活用やコミュニティ形成など、聖蹟桜ヶ丘でのまちづくりに継続的に取り組んできましたが、本計画はその活動の拠点です。鉄道会社にとって沿線価値を長期的に育てていくことは不可欠であり、その意味でもまちづくりの担い手として重要な役割を担っています。
ただし、こうした活動は、どうしても特定の人に閉じてしまったり、イベント中心になってしまう傾向があります。日常的に開かれた場所があることで、活動の「結果」だけでなく「過程」が見えるようになり、ふと訪れた人が思いがけず関わる余地が生まれます。
今回の計画では、そうした「関わりしろ」を持った場をどのように空間として実現できるかが大きなテーマでした。では、それをどのように具体的な設計へと落とし込んでいったのか。




聖蹟桜ヶ丘は1881年(明治14年)頃から、明治天皇が御遊猟場(連光寺)を訪れたことから、「聖蹟」の名を冠しています。正確には「聖蹟桜ヶ丘」という町名は存在せず、関戸、一ノ宮、桜ヶ丘などのエリアの呼称です。
この地に京王電鉄の本社が新宿から移転してきたのは1988年で、80年代の駅前開発と時を同じくしています。豊かな多摩川の流れと、古代から人の住む土地の歴史に加え、近年ではジブリアニメ「耳をすませば」のモデルになった街としても知られています。この映画の中でも桜ヶ丘に続く斜面が宅地化された風景が印象的ですが、その斜面のふもとにあたる位置に今年完成したマンションの一階に「タトネ tatonner」はあります。
はじめて聖蹟桜ヶ丘に訪れた時、車窓からも眺められる多摩川の雄大さと風の気持ちよさと桜ヶ丘住宅地の広がる多摩丘陵の地形の面白さが印象的でした。また、町の営みに目を向けるとショッピングモールの充実に驚きましたが、一方で個人店の少なさが気になりました。
便利さは不自由ない町だけれど、個人的な衝動やチャレンジが街の中で立ち現れるための“舞台”が少ないのかもしれない。一人ひとりの「やってみたい」や「好き」がもっと町中にあふれるためのきっかけにこの場所はなるべきではないか。フランス語で「手探り」や「試行錯誤」を意味する言葉である「タトネ tatonner」が施設名となったのもこうした背景からでした。
その名付け親でもあるのは、初期段階から京王さんに伴走してこられたプロジェクトデザイナーの広瀬郁さん。広瀬さんは建築と事業を橋渡しする存在。これまで僕らも他のプロジェクトでもご一緒しましたが、「今やるべきこと」と「遠望する未来」の両方の尺度を同時に考える広瀬さんのアプローチはプロジェクトの確固たる軸を作ってくれます。



タトネは多くの用途が複合しています。カフェ、シェアキッチン、貸棚、レンタルスペースという用途がそれぞれスペースをもちつつ、相互に関係し合いながら一つの居場所として同居しています。例えばカフェの客席からシェアキッチンの作業の様子が垣間見えたり、貸棚に並ぶ本を眺めにきたら面白そうなイベントがレンタルスペースで行われていたり。
ここに訪れる最初の目的から、結果として違うものに出会っても良いと思っています。そうした予期せぬ出会いは、なかなか消費のためだけの商業空間では生まれません。
しかし、建築物の中に魅力的な施設を凝縮していくことと、町に出ていき拡散する活動を生んでいくことは、一見逆のベクトルに見えます。そこで、賑やかな多用途の空間に、可動式の造作家具を漂わせることで、移動遊園地や移動式サーカスのように刹那的でありながらどこにでも立ち現れる可能性を感じさせる場を生みたいと思いました。
その気になれば建物の外にも持ち出せる可動式の家具によって構成されるということは、逆にいろんなものを持ち込めるということでもあります。そんな内外の交換を予期させるインテリアが、時間とともに地域に溶け込んでいく余地を備えています。
壁を一周する波型スレート板はテントのドレープをイメージし、秘密の小さなギャラリー空間もあります。特に私のお気に入りは遊園地の遊具を模した通称コーヒーカップ席。ぐるぐるとは回りませんが、そこに座るだけで楽しい気分になれると思います。専用の蓋を閉めればパーティー時の円卓にも早変わり。
これらの機能の核となるカフェを運営するのは株式会社WATさんです。カフェを通じて地域にコミュニティをつくることをモットーにしているWATさんだからこそ、ここで起きる予期せぬ面白さを体現してくれることでしょう。





デザインチームが何度も聖蹟桜ヶ丘に足を運ぶうちに、落ち着いた町並みやマンションのシックな外観に対して、タトネはちょっとはみ出すスパイスとなる必要があると感じていました。
小さくとも最初の一歩を踏み出すときに、遠慮のタガを外してくれる自由な雰囲気が基底にあることが、自然とそこでの活動に無意識に影響し、良い偶然の起こる確率を底上げすることは、確かにあると思います。そんなチームの思いが一気に具現化した打ち合わせがありました。今回グラフィックデザインを手掛けたのはデザイナーの田中裕亮さんです。
それまで積み上げてきたチームの想いを引き受けて田中さんが最初に見せてくれた案が2つ。
ひとつは聖蹟桜ヶ丘の町の雰囲気に違和感無く馴染む可愛らしいA案。もうひとつは原色を組み合わせたかなりパンチの効いたB案。
どちらも魅力的な案でしたが、やはりこの町には刺激的なスパイスをぶつけてみたい。そこで突破できる新たな挑戦へのワクワク感をチーム皆が共有し、なんと満場一致でB案が採用されました。
しかしチームの盛り上がりはここで止まらず、グラフィックの世界観を単にロゴやサインのみに留めるのではなく、空間全体に行き渡らせよう!となり、壁、天井、床すべてにロゴのカラースキームを適用させました。原色に近い色の重なりはかなりエキセントリックですが、各用途に対応したそれぞれの色が混じり合い溶け合う様子を体現しています。
床を塗り分ける手法は現代美術ではグラスゴーのアーティストJim Lambieが有名ですが、自分の拠って立つ領域と他者の領域が混じり合いながら同じ空間を共有するイメージは共通するものがあると思います。
チームとしても思いがけないところまでたどり着いたかたちになりましたが、この場所をきっかけに聖蹟桜ヶ丘のまちの“手探り”が増えていくことを願っています。




| 竣工 | 2026年3月 |
| 設計期間 | 2025年6月~2025年12月 |
| 施工期間 | 2026年1月~2026年3月 |
| 所在地 | 東京都多摩市関戸 |
| 用途 | 物販・飲食店・シェアキッチン・レンタルスペース |
| 構造 | RC造 |
| 規模 | 地上18階(計画地は1階) |
| 延床面積 | 215.73㎡ |
| 種別 | 内装 |
| クライアント | 京王電鉄株式会社 |
| 設計(共同体) | HAGISO(前芝 優也、宮崎 晃吉) |
| 施工 | 桃山建設株式会社 |
| プロジェクトデザイン | 株式会社トーンアンドマター(広瀬 郁) |
| カフェ運営 | 株式会社WAT |
| グラフィック | 田中 裕亮 |
| 写真 | 堀越 圭晋 / エスエス、HAGISO |
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