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瀬戸内国際芸術祭2025「手袋ミュージアム」

地域産業の記憶を凝縮した宝箱

瀬戸内国際芸術祭2025夏会期において、香川県東かがわ市引田地区における「レオニート・チシコフ」と「マリーナ・モスクヴィナ」の作品を展示する建物の改修設計をしました。国内の手袋生産の約9割を誇る手袋産地である東かがわ市。その引田地区に建つ元手袋工場でもある建物を、そこにある残置物、産業文化財、作品が渾然一体となって空間を構成するプロジェクトです。

瀬戸内国際芸術祭2025

瀬戸内の島々を舞台に、3年に1度開催される現代アートの祭典です。約100日間の会期は、春・夏・秋の3シーズンに分かれていて、季節ごとに瀬戸内の魅力が体験できます。期間中は約100万人の人々が国内外から訪れる日本を代表する国際的な芸術祭です。
https://setouchi-artfest.jp/
2025年夏会期にはじめて東かがわ市引田エリアが開催会場に追加されました。
東かがわ市は、香川県の一番東に位置し、北は瀬戸内海東部の播磨灘に臨み、西はさぬき市と接し、南と東は阿讃山脈を境に徳島県と接する、人口約28,000人の自然環境に恵まれた地域です。

引田エリアは、古くから讃岐三白をはじめとした荷を運ぶ陸上・海上交通の拠点として栄え、”風待ちの港”として知られています。日本一の生産量を誇る手袋産業に注目し、かつての栄華をしのばせる商家や町家が残る引田の古い町並みで作品を展開しています。

会場では東かがわ市で製造された手袋や、オーダーメイドの手袋を注文して購入することができる。

「みんなの手 月まで届く手袋を編もう!」
レオニート・チシコフ+マリーナ・モスクヴィナ

会場となる東かがわ手袋ギャラリーは、東かがわに生まれ、大阪でメリヤス手袋の製造を始めた両児舜礼(ふたごしゅんれい)の事業を継いだ棚次辰吉(たなつぐ たつきち)が明治時代、この地にもたらした手袋産業を伝える場所です。今回、古い大きな木造の建物内にある空間を改修し、レオニート・チシコフとマリーナ・モスクヴィナの2作家が、インスタレーションを展開。モスクヴィナが物語を書き、チシコフが絵画や立体作品を制作しました。いずれも手袋の生をめぐる数編の物語で、そのひとつ《みんなの手 月まで届く手袋を編もう!》は、地域の人たちが古着の布地で編んだ作品。古着は人々の人生や思い出を表していると作家は語ります。

チシコフはロシア・アヴァンギャルドへのオマージュと言える作品を数多く制作してきました。本作のフォルムは、ロシアでは未来やより良い社会への希望を象徴しています。厳しい状況下にあるロシアにおいて、この作品は「悲痛な時代にもユートピアを夢見よう」というメッセージを持ち、タイトルには「みんなの手がひとつの大きな手をつくる」という意味が込められています。(瀬戸内国際芸術祭公式ウェブサイトより)

建物の来歴

かつて酒蔵として作られた建物を手袋工場として転用していた建物を、地域の団体がさらに転用し「東かがわ手袋ギャラリー」として使っていました。その建物全体と残置物をあわせて瀬戸内国際芸術祭にあわせて展示会場として改修しています。

全体構成

建物全体をいくつかの性格の異なるエリアに区分しつつ、一筆書きで巡ることのできる動線計画としました。また、チシコフの作品を展示するメインの展示室は照度を暗くし、その他のヒストリースペース、絵本ライブラリー、グローブギャラリーなどは明るくすることで、室ごとの役割を表現しています。

1階平面図
屋根裏レベル平面図

メリヤス生地の利用

チシコフの世界観を演出するために、既存建物は天窓を含む開口部が多く明るすぎるということが課題でした。一方で完全な暗室にしてしまうのも建物の特徴を消してしまうことから、適度に光量を調整する方法を模索するなかで、元々の建物の2階の物置に眠っていたメリヤス生地のロールを再利用することとなりました。木枠に張力をもたせながら生地を張り付けることできれいな平面を持つパネルを制作。各所の開口部に設置し、光を調整しています。

既存家具の利用

手袋販売のカウンターは、既存建物に残置されていた家具類を再配置しつつ、手袋を展示する新設のショーケースなどとともに一つの家具として認識できるように、黒いフレームで構造体を構成しています。貴重な手袋を展示するアクリルショーケース付き展示台も既存家具を転用しました。

文化財の展示

会場内には約900点もの手袋産業に関わるミシンや道具などが展示されています。このうち約400点は既存建物内に存知されていたものを再配置したもので、のこり約500点は「東かがわ市」が所蔵していた文化財を当施設に移設して展示しているもの。作品と残置物、産業文化財が渾然一体となった展示となっています。

施工の連携

今あるものを丁寧に活かした空間構成とするために、施工においても適材適所の連携が行われました。まず建物に残された膨大な残置物の整理と大規模な清掃を「アートフロントギャラリー」と「こえび隊」が「東かがわの方々」と共に行い、資料性の高いもの、再利用可能性が高いものを丁寧に分類。続いて建築の電気設備や空調設備、移動式階段や二階手すりなどの造作を工務店である「デザインセンター」が施工。そのうえで、既存家具を利用した受付カウンターや各所の塗装、窓パネルの制作など、現場でデザインと制作を同時に行う必要があるものを「HAGISO」が制作合宿を通じて設計施工。最後に文化財類のインスタレーションとキャプション制作を「アートフロントギャラリー」と「こえび隊」が担当しました。

概要

竣工2025年8月
設計期間2025年5月〜2025年6月
施工期間2025年6月〜2024年8月
所在地香川県東かがわ市引田地区
用途展示空間、ショップ
構造木造
規模地上1階
延床面積232.82㎡
種別内装

体制

クライアント瀬戸内国際芸術祭実行委員会
アートレオニート・チシコフ、マリーナ・モスクヴィナ、協力:鴻野わか菜
会場構成ディレクション宮崎晃吉、顧彬彬+アートフロントギャラリー(岡本濃、下岡尊文)
設計HAGISO (前芝優也、坂本萌乃)
グラフィック田中裕亮
展示資料調査編集瀬戸内こえびネットワーク(甘利彩子、山本太一)、協力:日本手袋工業組合
施工デザインセンター、HAGISO、アートフロントギャラリー、瀬戸内こえびネットワーク
インストールアートフロントギャラリー、本間大悟、Office Toyofuku、浅川雄太、こえび隊
写真HAGISO

メディア

PEOPLE

携わる人たち

前芝 優也

アーキテクト

1つ1つ大切に作られる手袋のように、自分たちの手で実際に空間を作ることでより親しみが持てるものになりました。

坂本 萌乃

アーキテクト

展示計画をしていく中で、冬場に使うもののイメージだった手袋がこんなにも広い世界をもっていることに衝撃を受けました。展示を通して、手袋の魅力と、携わる人々の手袋への愛を感じれる場となっています。

宮崎 晃吉

代表取締役

多くの人の力と時間が積み重なって濃密な場になりました!

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