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それぞれの個性を取り戻す。クラフトビールと街づくりの共通項とは

木造アパート「萩荘」から生まれ変わり、2013年3月に営業を開始した最小文化施設HAGISO。その立ち上げ時期と並走するようなかたちで、とあるプロダクトのアートディレクションをHAGISO代表の宮崎が担当していました。それがクラフトビールを製造するFar Yeast Brewing株式会社の「馨和 KAGUA」。最近は「FAR YEASTシリーズ」をはじめとして展開される様々なラインナップのデザインも手がけ、10年余りのお付き合いになります。今回は、クライアントである山梨県小菅村のFar Yeast Brewing本社の山田司朗さんのもとを、HAGISOメンバーが訪れ、製品づくりを進めながら感じたこと、ビール造りと街づくりの思いがけない共通項などを語り合います。

Far Yeast Brewing株式会社 代表取締役社長・山田司朗
株式会社HAGISO代表・宮崎晃吉
元・HAGISOグラフィックデザイナー・上原 凜
HAGISOグラフィックデザイナー・末吉 祐太

HAGISOを立ち上げ、ビールに魅了され。それぞれの約10年

宮崎:最初に司朗さんと出会ったのはHAGISOの開業準備を始めた2011年頃で、僕自身、がむしゃらな時期だったと記憶しています。司朗さんたちもちょうど会社を立ち上げる時期で、並行して最初のプロダクトとして「馨和 KAGUA」を創る段階でしたよね。

山田司朗さん(以下、山田):そうですね。

宮崎:周りにクリエイターはいたけど、事業を創る人はあまりいなかったから、それぞれが立ち上がっていく様子を見比べられて新鮮でした。あのときの感じは懐かしいし、すごく面白かったです。

上原:山田さんの経歴を拝見しましたが、IT業界のご出身ですよね。「どうしてそこからビールに!?」という印象がどうしてもあって。

山田:それがもうビール製造をはじめて11年が経つんですよ。「いまだに前の経歴のことが大きく取り上げられるのはよくないのかなあ……」と思いつつも、まったく異なる業界からの転身じゃないですか。なので「まあ注目してくれるんだったらいいかな」と、ちょっと複雑ではありますね(笑)

宮崎:まあ、武器になるものは、なんでも使っていったほうがいいですもんね。

山田:そうですね。僕はサイバーエージェントやライブドアの前身会社で勤務後、イギリスへMBA留学して、その前後で3年間ヨーロッパに住んでいました。その期間中にビールの本場イギリスで、伝統的に何百年も続いているようなマイクロブルワリーが製造しているビールに出会いました。

大手メーカーの工業製品とは違った味を知って「こんなにビールって面白いんだ」と衝撃を受けて、自分でもこういう個性的なビールを作ってみたいと考えるようになって。そこからビールについて調べながら日本に帰ってきたのが2006年。そのあと5年ほど、ネット業界の仕事をしながら準備をして、2011年から本格的にクラフトビール造りに向けて動きはじめたというのが大まかな流れですね。

宮崎:最初に司朗さんから話を聞いたとき「イギリスの大学でカレーに合うビールを造っている方と出会った」と言ってませんでしたか?

山田:そう、コブラビールのカラン・ビリモリア氏ですね。僕がMBA留学中に大学に講演に来てくれたんです。その方も1989年に異業種から転身してビール造りに挑戦していて、そのきっかけが、ロンドンのインド料理屋でカレーと一緒にカールスバーグを飲んでいて「全然合わない……インド系のオリジンとして、こんなことは許せない……! じゃあ俺がインドカレーに合うビールを造ってやる!」って。

もうイギリスでコブラビールといえば、インド料理屋に行けば必ず置いてあるくらい、かなり有名なブランドなんです。そのストーリーを聞いて、異業種からの転身でも、ここまでできるんだなと勇気づけられました。

宮崎:インドにもビールのナショナルブランドみたいなものはあるんですよね?

山田:あります。ただ、コブラビールの特徴はあくまで「インド料理に合うイギリスのビール」なんですよ。

宮崎:そうそう。それができるのなら「和食に合うビール」もありうるんじゃないか、と司朗さんは発想を得たんですよね。

山田:そうです。アメリカやアジア、ヨーロッパでも、和食はとても人気があります。一説によるとフレンチよりもステータスが高いんじゃないかと言われているくらい、和食は特別な日に行くようなポジションになっているんです。人気の高級和食店は多数あるし、内装も料理も素晴らしいのに、なぜかビールだけは、コンビニでも売っている大手メーカーのビールなんです。そこに僕はギャップを感じました。

宮崎:僕も海外にいた時期がありますが、普通に国内大手のビールが飲めるだけで「そうそう、これだよね」と思っていたし、そうではない選択肢があるなんて、ほとんど想像もつかなかったというか。

山田:例えばフレンチといえばワインですが、赤か白か、重めか軽めか、食事に合わせてかなり丁寧に選ぶじゃないですか。スーパーで1ユーロで売っているテーブルワインを出したりしませんよね。だから、とくに高級和食に合うような、ハイエンドなビールを創ってみたい、というのが僕の事業アイデアの源泉なんです。

日本的なプロポーションをもった「馨和 KAGUA」

宮崎:ほかの国内のクラフトビール醸造所を見ていると、まずマイクロブルワリーで小さくてもいいから自分たちでビールを造ろうとしていませんか。「馨和 KAGUA」はOEM(委託者のブランドで製品を生産すること)で、ベルギーの醸造所で生産してますけど、それって相当な割り切りだと思うし「いや、おいしいほうがいいでしょ?」という考え方はすごくラディカルだなって。

山田:2011年当時はいまと違って、マイクロブルワリーがなかったんですよね。小規模向けの設備もなくて、実際にやろうとすると1億円以上をかけて工場を作るか、委託でやるかの2つしか選択肢がなかったんです。振り返ってみると、逆にそれが個性になってよかったと思いますね。

僕らがクラフトビールの事業を始めた頃、日本の製造所は約200箇所だったのが、いまや800箇所と、めちゃめちゃ増えているんですよ。そのうちのほとんどが1バッチ500Lほどの規模感で製造しているんです。おそらくそこから始めたとしても“ワンオブゼム”になってしまうので、そういう意味では違うスタートの仕方ができたのはよかったんじゃないかな。

宮崎:「馨和 KAGUA」の名前も、皆でディスカッションの場を設けて決めましたよね。メキシコ風ラガー「Agua Santa」と日本語の香りにまつわる形容詞「馨しい(かぐわしい)」をかけたものにしようって。それに伴って瓶の胴に貼り付けるメインラベルのデザインも、「馨しい」という言葉は海外の人には伝わらないから、判子モチーフにして模様のようなあしらいへ落とし込みました。

そのときの印象的だったエピソードとして、ボトルをどういうかたちにするか議論があったんですよね。僕は高級店に置かれることを考えて、細身で繊細、上品な印象のボトルがいいんじゃないかと。だけど醸造する場所がベルギーだった関係で、ネックに段がついていて下にボリュームのあるどっしりとした形状のボトルしか手配できないことが判明して、慌てた記憶があります。

山田:あの瓶のかたちにも、ビール的にはきちんと意味があるんですよ。瓶内発酵だと、どうしても底に澱がたまってしまいます。その澱が注いだときに一気に出ないように、段が設計されているんです。ちょっとスタイリッシュさに欠けるかもしれませんが、ビールの名産地であるベルギーで醸造しているからこその知恵がつまったかたちでもあるんじゃないかなって。

宮崎:そうですよね。で、それを見ていた司朗さんが、当時打ち合わせしていたお店にあった紙ナプキンを細長く折って、瓶のネックの根本にクロスさせながら巻きつけて「こんなふうに飾りラベルを追加してみたらどうかな」って。

瓶の胴に巻くメインのラベルだけだと、瓶本来のかたちもあって間が抜けてしまうのですが、その飾りラベルがとてもアクセントになって。しかもそれが「和服の襟の部分」にも見えてくるというか。ほら、和服の着こなしも、腰回りをあまり細くみせたりしないじゃないですか。司朗さんのアイデアのおかげで「馨和 KAGUA」は日本的なプロポーションをもった製品になったんですよね。また、ネックのラベルに必要な情報を集約できたから、メインラベルがとてもシンプルにできて、結果的にいまの日本にはない商品が生まれたのではないかと。

「ビールは多様で豊かなもの」を極東から

宮崎:話は変わりますが、まさか僕が発案した「Far Yeast」がそのまま社名になるとは思いませんでした。

山田:2015年に社名を「日本クラフトビール株式会社」から「Far Yeast Brewing株式会社」へ変更したときのことですね。そうだ、宮崎さんが考えてくださった名前でしたっけ。

宮崎:そうです。司朗さんが「東京」のビールを作りたいと話していたことから連想して、RIP SLYMEの『Tokyo Classic』という曲のなかに『ファーイーストトーキョー』という歌詞があって、そこからインスパイアを受けたんですよね。

東京って「Far East」=極東だな、その「east」をイースト菌の「yeast」とかけたら面白いんじゃないか、というダジャレ。ダメもとで送ってみたら「いいね」ってそのまま、あれよあれよとことが運んでいって。

山田:商標登録も取りました(笑)。「日本クラフトビール」時代はビールの総合卸業者だと誤解されがちでしたし、もう少し、いち造り手であることがわかる名前にしたいなと思っていました。

ビールの歴史を紐解くと、最近はアメリカも勢いがありますが、基本的にドイツ、ベルギー、イギリスなどのヨーロッパ中心に発展してきたのは間違いない事実で。日本はビールにとって“辺境”の地なんですよね。ただでさえ世界のビール業界から少し下に見られがちなのに「俺たちはすごい!」みたいに強気に出るのもなんだかちょっと違うし、卑屈になるのも違うし。なので、あえてダジャレを入れて面白くすることで、そこにするりと入り込めてしまうのでは、という意味においても、すごくしっくりくるかなと考えてます。実際に、海外の関係者や取引先からも好評です。

宮崎:よかった。じゃあ海外でも一応ダジャレとして成立してるんだ。

山田:めちゃめちゃ成立してます。

宮崎:社名変更と同時に、「Democratizing Beer」というミッションを掲げましたよね。

山田:日本クラフトビール時代は「世界一のビール会社になる」というミッションを持っていましたが、事業を始めて、クラフトビール業界にいる国内外の様々な人と交流するようになって「本来ビールって、もっと多様なものなんだな」、世界一になるというのは「ちょっとズレてるな」と思うようになりました。

例えば、国内には大手メーカーが4社ありますが、もう1社大手メーカーが出来たとしてもそこで競争を繰り返すだけで、あんまりハッピーじゃないと思うんですよ。ビールの多様性や豊かさを「もう一度取り戻す」ことこそが、クラフトビールコミュニティ全体としてのミッション。そうなんじゃないかと捉えて、僕らなりに打ち出したのが「Democratizing beer」=「ビールを民主化する」という言葉なんです。

共通項は「もう一度取り戻す」こと

上原:ビールをもう一度取り戻す、というニュアンスが面白いですよね。

山田:ビールの起源はメソポタミア文明にもさかのぼります。そこから、ヨーロッパを中心に発展、成熟しながら「文化としての厚み」が出てきましたが、近代化に伴ってビールも工業製品化して、その厚みが失われてしまった。それをたとえばルネッサンスのような“運動”として取り戻せないだろうか、と考えているんです。

宮崎:そういう話は、僕らが取り組んでいるHAGISOの活動にも通ずるものがあって。建築や街に対しても、産業化の波が押し寄せて「与えられた選択肢のなかから選ぶしかない」状況というものが、現代にはありますよね。

僕らが運営している宿泊サービスhanare[まちやど]でも、昔は街道沿いに個性的な宿場町が連続していたはずなのに、今はそれがある種パッケージ化されて、画一化された旅館やホテルになってしまっている。なのでそれを「取り戻そう」と、街全体を大きなホテルに見立てることで地域と一体になった宿泊体験を創ろうとしています。

それだけじゃなく、HAGISO Inc.全体でプロジェクトの骨子を考えるとき、僕らのような小さい集団が、街に対していわゆる「都市計画」や「開発」ではないかたちでどう仕掛けていくのか。そして、もう一度街を再生させるためにはどうしたらいいのか。そうしたことを考えるときには、斬新なことよりも、前近代的のことを思い浮かべながら「かつて当たり前になされていたことが、何故いま出来ていないのか?」と参照することが多いんですよね。

山田:都市や商業施設の開発も、大手の資本でやると、紋切り型になりがちですよね。本来は街や地域には「それぞれの個性」があるはずなのに、似通ってしまう。ショッピングモールが出来て、同じテナントが入って。ビール業界も同じように、ビール自体はとても多様なものなのに、高級寿司店に行っても、回転寿司チェーンに行っても同じ、大手のビールが出てくる。本当にそれでいいんでしょうか。

宮崎:これまでは、誰もが同じようなモノやサービスを手に入れられることに価値があった。そこから時代は変わり、モノは余り始め、サービスを受けるそもそもの母数が減ってきています。そんな時代の分岐点で、僕が10数年前から街や地域に対して考えていることと、司朗さんがビール業界に対して考えていることには、共通する部分があって。同期しながら今も、並走させてもらえているのは、HAGISOとしても、「馨和 KAGUA」を担当したデザイナーとしてもありがたいことだと感じますね。

山田:振り返ると、宮崎さんがお持ちの建築や空間デザインの視点は、プロダクトデザインをするうえで、とても重要でした。世の中にはもちろん、パッケージデザインに特化したデザイナーがいるじゃないですか。でももしその人に依頼した場合、メーカーの意図が全面に出てしまったり、一般的な店頭に並んでいる場合を想定したものになってしまったり。現在のクラフトビールこそ、多彩な発想のラベルが増えてきましたが、当時は全然なかったので「こういうものなのかな」と違和感に気づけなかったかもしれませんし。

あのとき宮崎さんが「和のハイエンドな食卓に、一番よく合うかたちや色、スタイルはなんだろう?」と一緒に伴走して生み出してくれたのが、あのミニマルなデザインだったので、それがよかったんだと思いますよ。

宮崎:そこにさらに、上原さんや末吉さんのようにグラフィックデザインを学んだ人たちが、サポートしてくれるようになって。後続のデザインも、さらに胸を張って出せるようなものになってきていると思います。

山田:いまクラフトビールのデザインは、斬新なものも多数出ているので、Far Yeast Brewingもさらに頑張らないとですね。そうした意味でも、上原さんが担当してくださった「Hop Frontier」のデザインは、とてもよかった。実際に絵具を垂らして、デザインを作るというのはなかなかありませんし、そういう丁寧さは、見る人にも伝わりますよね。

取材場所:FAR YEAST BREWERY 本社
構成・執筆:遠藤ジョバンニ

PEOPLE

携わる人たち

上原 凜

元 HAGISO | グラフィックデザイナー

お仕事を通じて成長させていただきました!

末吉 祐太

HAGISO | グラフィックデザイナー

ブリュワーさんのこだわりを形にしています!

宮崎 晃吉

HAGISO | 代表取締役

デザインで併走できる関係がありがたいです。

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