ダイアローグ
HAGISO併設のHAGICAFEでは、「旅する朝食」というメニュー企画を2015年の11月からはじめています。
島根県・滋賀県・小豆島(香川県)・福井県・佐賀県・山梨県・鳥取県・鹿児島県・徳島県・東京都・青森県。この7年間で11の地域を訪れ、各地で見つけた旬の食材を、朝食にこめてお客様へ届けてきました。そこで得た手ごたえをヒントに、お客様と生産者の方々が手紙を交わすように食でつながる場をつくろうと、HAGISOと同じ谷中にカフェ「食の郵便屋さんTAYORI」を開きました。
今回はHAGICAFEの店長で「旅する朝食」を企画し、お客様に提供し続けてきた「ぽんちゃん」こと北川瑠奈が、旅する朝食第4弾の福井県で、お米を提供してくださった長尾農園の長尾伸二・真樹夫妻のもとを再訪。長尾農園とHAGISOの出会いなど、これまでを振り返りながら、生産者と消費者をつなぐ飲食店の関係性について考えます。
長尾農園 / 長尾と珈琲・長尾伸二 / 長尾真樹
株式会社HAGISO飲食マネージャー・北川瑠奈
池田町と谷中、それぞれを行き来した6年半
北川さん(以下、ぽん):振り返ると、もう6年半のお付き合いになるんですね。私が「旅する朝食」の候補先を決めるリサーチ旅で長尾農園を訪れたのが2016年10月かあ。
長尾伸二さん(以下、伸二):そうそう、10月の雨の降るなか、ちょうど稲刈り作業の最中に、作業小屋にぽんちゃんの乗ったトラックが入ってきたのを覚えてる。あまりにも突然来たから、おれも訳が分からず最初は「この若い娘さんは一体ここに何をしに来たんだろう?」って思ってたわ。
ぽん:あのときはよりによって収穫のめっちゃ忙しい時期に突撃しちゃってたんですよね。だけど、長尾さんは手を動かしながらも、嫌な顔せず私の話を聞いてくれて。しまいに帰るとき「お米持って行き~!」ってお土産に5キロのお米までもたせてもらって。
長尾真樹さん(以下、真樹):そうだったっけ。その頃はまだ私たちもこの「長尾と珈琲」もはじめてなかったし、池田町の辺りもまだお店も少なかったなあ。そもそもどうして福井にしようと思ったの?
ぽん:福井にしようと思ったのは、一番最初に「旅する朝食」でご一緒した島根の生産者の方々とHAGISOでイベントをした折に、福井の人材を紹介するメディア『福井人』の方がちょうど立ち寄ってくださって、福井の魅力ある食もぜひと声をかけてくださったのがきっかけです。そのままなだれ込むように福井入りして「あそこに行けばどうにかなるから!」と紹介してもらった福井市のゲストハウスSAMMIE’Sを拠点に、一件ずつ訪ねてまわりました。
そんな出会いのなかから、長尾農園をはじめとする農家の方々に食材の提供をお願いして、HAGICAFEで福井県の食材を紹介したのが2016年11月から2017年2月のあいだでしたよね。期間中は、長尾さんたちがお米の実演販売に来てくれて、おにぎりをHAGISOの庭で囲んだのが印象に残っています。訪ねてから3カ月後に、今度はこんなかたちで長尾さんご夫婦が来てくださるとは想像もしていなくて、そんな関係になれて嬉しかったなあ。
伸二:おれもそのとき、HAGISOの温かさや古さが融合した空間を目にして「東京にこんな洗練されたところが!」って衝撃を受けたわ。
ぽん:伸二さんが昔喫茶店で働いてて「おれもまた喫茶店やりたいんだよね」と話していたの、覚えてますよ。その喫茶店ってもしかして、この「長尾と珈琲」なんですか。
伸二:そうそう。2018年3月にオープンしていろんな年代の人が立ち寄ってくれるようになったけど、大元をたどっていくと、2016年にぽんちゃんがおれたちのところに来てくれたおかげやと思う。お互い、6年半前のあの出会いが、こんなふうに影響を及ぼしあうとはなあ。
移住から未経験で農業を始めて、知った「豊かさ」
ぽん:そもそも、喫茶店から農業って思いきりがすごい! どうして農業に挑戦しようと思ったんですか?
伸二:きっかけは子供のアトピーかな。治すためには食生活が大事だから、田舎暮らしで自給自足をやってみようと思って来た。今思うと甘かったし、若気の至りやったなあ。でも農業をしてみて、これまでに感じたことのない嬉しさもあったなあ。腕いっぱいの重たくてでっかい白菜が採れたときの、あの喜びはいまだに忘れへんわ。
ぽん:池田町はなにかお二人に縁がある土地なんですか?
真樹:いや、たまたま新聞で移住者募集の広告を見つけたの。島根県海士町と、福井県池田町のふたつが載ってて。海士町の移住特典が「漁船もしくは牛2頭」で、池田町は「農林業に20年間従事したら新築一軒家あげます」。島根は島で実家まで遠いし、じゃあ農業ができる池田町かなって。
伸二:それで移住したのが、平成7年(1995年)かな。当時の仕事の都合でここまでなかなか見に来れなかったけど、一度見てすぐ「ここでいいやね」って。
真樹:ここの景色や、食べ物、奥には滝があって自然も豊かで気に入ったの。カエル見て感動、赤とんぼ見て感動、朝にお日様が昇ったのを見て感動。大阪にいるときは旦那も忙しくて子供の寝顔しか見れなかったもんね。農業をはじめてからは、一緒の時間をたくさんとれるようになって、お金ももちろん大切だけど、それ以上に、心にゆとりができた。そういう豊かさのほうが大きかったかな。
人生の側にはいつも喫茶店が
ぽん:同じ飲食店業に従事するものとして、伸二さんが喫茶店で働いていたときのこと、気になります。聞いてもいいですか?
伸二:大阪で、学生時代からずっと飲食店でアルバイトしててん。最初は焼肉屋。おれは働きものやから、夏休みもずーっと働いてて、お客さんからも気に入られてた。けどそこの店長はおれの夏休みのバイト代を払わずにとんずらして逃げて。そしたら隣のお好み焼き屋のおっちゃんが献身的に働いてたおれを見てくれててスカウトされて、そこでもめちゃめちゃ働いた。
ぽん:ああ、だからたこ焼き上手なんですね!
伸二:そうそう。そこのお好み焼き屋のマスターの弟が喫茶店をやっててん。お好み焼き屋で働きながら喫茶店も手伝って高校を卒業して、一旦そこから百貨店勤めしてた。毎日そこの喫茶店に寄ってから家に帰ってたら、ある日喫茶店のマスターに「おもろなさそうな顔してるな。そんならうち手伝えや」って言われて。ほんでそっから喫茶店。21から30歳までの9年間。
真樹:だから、移住して池田町に来てからも「長尾と珈琲」を始める前に3年ほど、手が空く時期にまちの駅のマルシェで、先に珈琲屋をやっててん。
ぽん:そうなんですね!
伸二:そうそう。そのタイミングで今使っている道具なんかも揃え出してね。だけど、ありがたいことに移住者が増えてきて、マルシェの出展者も増えたから、そこはその子らに譲ることにしたんだわ。
ぽん:ちょうどその頃福井でも、「XSCHOOL」などの地域デザイン系のイベントが盛り上がってましたしね。
伸二:ほんで困ったのが、マルシェ用に買いそろえたカフェ道具がめっちゃぎょうさん家にあって(笑)。最初はキッチンカー形式かなあとか1年ぐらい悩んでたんやけど、ある研修会で、雑誌『自遊人』の編集長の岩佐十良さんの講演を聞いて、まんまと「ハマって」しまって。ちょうど岩佐さんが手掛ける温泉宿の里山十帖が出来上がるときで、そこへさらにHAGISOに行ったもんやから、「もうあかん、おれも店する!」ってなってしもうて。そのときちょうどここの物件も決まったと。
真樹:ここの物件はずっと空き家で、屋根の雪下ろしを大家さんに頼まれて、20年ほど通ってたんですよ。大家さんは長いこと東京に住んでてHAGISOのイベントにも来て私たちのことを応援してくれてて。それでこの物件の取り壊しを決めようかってときに、向こうから「やっぱり使ってくれない?」って打診があって。
伸二:それまで、雪下ろしで屋根ばっかり見てたから、内装なんて知らんかってん。でもその屋根の上からの望む景色がめちゃめちゃキレイねんな。もうこれほどビールのうまい場所はないなっていうぐらい(笑)。ほんでこの場所は大好きやったから、どうしようかなって。
ぽん:そのあと伸二さんから連絡をもらったとき、すごくびっくりしたのを覚えてます。「ぽんちゃん、おれらも店持ってカフェやんねん」、「ええっ! じゃあお米づくりは辞めちゃうんですか?」って聞いたら「いやいや、両方やるんや!」って言うから。そこまでして、なんでまだ新しいことに挑戦するんですか?
伸二:そりゃもうワクワクしてたんや。10年前、この『福井人』に長尾農園が紹介されたタイミングくらいで、新山直広くんが仕掛け人をしている工房見学イベントRENEWが始まっていったり、福井という土地が少しずつ様変わりしてきた。そういう人たちと出会うと、パワーをもらえるというか、いや~おれらももっとがんばるかあって。……アホやなあ(笑)
ぽん:それに元々大阪で喫茶店をやってらしたとはいえ、田んぼのど真ん中に喫茶店を出すのには勇気が要りませんか?
伸二:でもね、ぽんちゃん。確信があったんや。岩佐さんの講演で観光資源について考える場面があって、そこで「『景色と米』、これさえあれば勝負できる」って言われた瞬間に「あ、おれ持ってるやん、すでに」って。ほんで開業にあたって自治体からの補助金をもらうために、当時から扱われ始めた「関係人口」という言葉をお借りして「ここを拠点に池田町の関係人口を増やします」とプレゼンしてん。
生産者の声とお客さんの声を、双方に届けられる場所
ぽん:「関係人口」かあ。そういう意味では、HAGISOや、私とのつながりも「関係人口」に含まれますね!
伸二:そやね。HAGISOとのやりとりのなかでもとくに衝撃的だったのは「食の郵便屋さんTAYORI」が出来たことやな。TAYORIの「『作る人』と『食べる人』をつなぐ」っていう、生産者へ想いを届けることにフォーカスしたコンセプトはすごいと思う。
ぽん:こうして「旅する朝食」で、さまざまな農家さんや生産者の人と出会わなかったら、気づけなかったことなんじゃないかと思います。特色ある地域の風土のなかで、いろんな時間軸でいろんなものを作っている人たちがいる。そこから学ばせてもらって、TAYORIはいまのかたちになっていきました。
TAYORIのコンセプトは、とある農家さんと実際にやり取りしていた手紙がきっかけで生まれたんです。作り手の思いをHAGISOだけじゃなくてお客さんにも読んでもらいたいし、手紙の宛先であるお客さんにも食べた感想を書いてもらいたいな、と考えていったんですよね。
伸二:「旅する朝食」ももちろんすごいけど、その場合、お客さんは出された料理を「福井県の朝食」として大きく捉えるやろ。でもTAYORIなら「この食材を作ったのはどこの誰だ」ってことがピンポイントに見えてくる。お客さんからお便りをもらえでもしたら、生産者はシビれるで。やっぱり美味しかったという評価は直接じゃないと意味がないよね。そういう場所を作ってくれたHAGISOは、ほんとうにすごい。
ぽん:私たちも、実際に長尾さんたちのような農家さんと出会ったことでやっと、そういうイメージが湧くようになったんです。農家さんと発注のやり取りをしているときに、お客さんの反応を伝えると、こちらが想像している以上にすごい喜んでくれて。同時に、こんなにもお互いの声が届かない状況なんだって衝撃を受けました。
HAGICAFEで働く私たちも、お客さんから「ごちそうさまでした」や「美味しかったです」、「またきます」と言われるその一瞬のために頑張れる。だけど農家さんにはその声を聞く機会がない。それなら飲食店がその声を届けなくちゃ、って思ったんです。
伸二:次々に出てくるTAYORI BAKEもasatteも、言葉ひとつひとつにいろいろな想いが詰まってるのがすごい素敵やなと思ってさ。商売は面白いわ、ほんとに。これからもまだまだやっていくで。
ぽん:次の目標みたいなものはもうすでにあるんですか?
伸二:まずは農業と両立できるかを踏まえて「長尾と珈琲」をもっと充実させていきたい。いまはまだ不定期の営業だから、営業日を増やして見極めていきたいなあ。あと、この店の周りに耕作放棄地があるからそこにヘーゼルナッツを植えたい。獣害があるかわからへんのやけど、それができたらひとつまた、池田町に面白い資源ができるなと思ってる。土や気候が合わないかもしれないけど、そこは試行錯誤しながらやっていくしかないからな。ああ、あとホップも……。
ぽん:大変すぎますよ! そうなったらうちのスタッフで移住したい人探します(笑)
伸二:ほんなら雪に耐えられる子に来て欲しいわ(笑)
構成・執筆:遠藤ジョバンニ
PEOPLE
携わる人たち
北川 瑠奈
HAGISO | 飲食部門マネージャー
久々に長尾ご夫妻とゆっくり話しました!この関係いつまでも大事にしていきたいです。
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