スワイプして
次の記事を見る

SCROLL

伝統ある黒糖焼酎、その中身と外見をデザインでもう一度つなぎ直す

1927年に創業し、もうすぐ100年という節目を迎える酒蔵・西平酒造。世界でも奄美群島でしか造られていない黒糖焼酎の銘柄のひとつ、「珊瑚」のビジュアルデザインのリニューアルを、HAGISO inc.が担当しました。ご依頼の発端は、HAGISOの飲食部門のマネージャーである“ぽんちゃん”こと北川瑠奈の、黒糖焼酎との衝撃の出会い、そして「珊瑚への愛」でした。

今回は、西平酒造を再訪したHAGISO取締役の顧彬彬と北川が、西平酒造4代目の西平せれなさん、事務長の川元美穂さんとともに、約半年間にわたるプロジェクトを振り返ります。家業を継ぐまでは東京を中心にミュージシャンとして活動していたせれなさん、奄美のライブハウスでスカウトされたという川元さん。音楽が流れる蔵の中で、伝統と革新が交差する黒糖焼酎のこれまでと、これからを聞きました。

西平酒造株式会社
 代表・西平せれな
 事務長・川元美穂
株式会社HAGISO
 取締役・顧彬彬 
 飲食マネージャー・北川瑠奈

100年続く酒蔵、黒糖焼酎の伝統と受け継いだ革新

顧彬彬(以下、顧):プロジェクトについてうかがうまえに、黒糖焼酎は奄美群島だけで製造が許可されている焼酎だと聞いたのですが、どうしてなんでしょうか。

西平せれなさん(以下、せれな):黒糖焼酎の成り立ちをお話すると、かつて奄美群島は薩摩藩の統治下にあり、特産物であるサトウキビを加工した黒糖を納めていました。それが敗戦により一時的にアメリカ軍の統治下に置かれたことで、生産された黒糖が余ってしまったそうなんです。

「西平酒造」4代目の西平せれなさん

現在は酒税法で禁じられていますが、かつては地域ごとに採れる穀物を使って、各家庭でも焼酎やお酒を造っていましたよね。奄美でも黒糖や米、ソテツの実を使って酒を造り、島民で楽しむ文化がありました。
その後、奄美群島が日本に復帰して税法が変わるタイミングで問題が起こります。黒糖のみで造ったお酒は「スピリッツ」に分類されてしまい、税率が高くなって島民が気軽に飲めなくなってしまう恐れがあったんです。
そこで当時の日本政府が、米麹を加えて「黒糖焼酎」とすれば焼酎のカテゴリーに該当し、焼酎の税率を適用できると判断しました。黒糖使用を特例として認めたことから、今も製造は奄美群島限定となっています。
本来は、黒糖と酵母のみでもお酒は造れます。ですが、焼酎のカテゴリーに適用させるために、あえて米麹を入れている。黒糖焼酎は、効率やコストだけを考えたら成立しない不思議なレシピなんですが、米麹が加わることで特徴的なコクや甘みが生まれるので、まさに歴史が生んだお酒なんだと思います。

西平酒造外観

顧:なるほど。そして西平酒造さんの歴史からおさらいしていきたいのですが、創業が今年で98年目になるんですよね。

せれな:そうです、2027年に100周年。酒造を開業したのは私の曾祖父で、もともと沖縄の首里で泡盛を造っていて、そこから酒造りを教えるために奄美群島の海流の玄関口である喜界島に渡ったそうです。そこで1927年に奄美黒糖焼酎を製造しはじめたのが西平酒造の始まりで、初代の杜氏を曾祖母が務めたと聞いています。1945年に戦争の爆撃を受けて蔵が全壊したのを機に、現在の場所に移転したそうです。
そこから曾祖父、祖父、父と続いて私という流れで、西平酒造は今に至ります。
私は元々奄美に生まれ育って、大学から音楽の勉強をするために島を出て、関東の音楽大学に通って、卒業後も音楽活動をしながら9年ほど東京に住んでいました。父親が体調を崩したタイミングで帰ってきて、家業を継ぎました。

顧:でも遡ると、先代であるせれなさんのお父さんも、ミュージシャンだったんですよね。

3代目・西平功さん

せれな:そう、元々ミュージシャンで。若い時、ロン毛にロンドンブーツ履いて、ハードロックバンドのボーカルをやっていました。

顧:それはせれなさんと同じで、最初は音楽家だったけれども、先代を継ぐために島に戻ったということですか。

せれな:ああ、そうです。全く同じ運命というか。父親は戻ってきても音楽が好きで、今日見ていただいた貯蔵庫の一角、あそこをステージにしたのは父です。

川元:私もここに就職するまえに、そこのステージで行われたライブを見に来ていました。

せれな:ちなみに、黒糖焼酎を造る酒造会社のなかで、樽で醸造するようになったのは西平酒造が最初です。今でこそ樽は、もう当たり前の製法になってるけど、私の祖父がいち早くそれを確立したそうで、その時代・その次代で、奄美の酒造会社のなかでもパイオニア的な存在だったと聞いています。

顧:そんな西平酒造さんは、どういう方々が働いているんですか。なんだかユニークな方々が集まってるイメージがあるんですけど。

せれな:そう。個性的な人が集まってますね。一番はミュージシャンが多くて、あとはクリエイティブ職が多いです。

川元美穂さん(以下、川元):私も奄美のライブハウスでスカウトされたんですよ。

せれな:音楽仲間を誘いがちですね。やっぱり信頼できる人間性かどうか、演奏で分かったりする。ちなみにうちの杜氏は奄美屈指のベーシストなんですよ。

音楽ステージにもなる貯蔵庫

一本の黒糖焼酎から始まった縁

顧:そんな伝統ある西平酒造さんとHAGISOの出会いは、どこからでしたっけ。

北川瑠奈(以下、ぽん):出会いは2022年頃、先にお二人ではなく「珊瑚」の味に出会ったのが最初ですね。HAGISOが経営するバー「Night KIOSK」で、全国のおいしいものを紹介するシリーズ企画「うまいもん」で鹿児島を取り上げたんです。その際に、知人から勧められて、そこからハマりました。ほかにも焼酎を仕入れたけど、珊瑚が一番人気で、お客さんと一緒に「なんだこれは!」ってなりながら、イベント当日に用意した分を全て飲みきってしまうほどでした。

西日暮里にあるNIGHT KIOSK

そのときは黒糖焼酎がなんなのかも知らないままにハマって、あとから調べてみたら蔵元(=せれなさん)は元ミュージシャンだし、従業員の人たちもそうみたいで「なんだこの蔵、おもろいぞ……!」 って。そこから西平酒造の別の黒糖焼酎「加那」を買ってみたり、他の黒糖焼酎も飲み比べてみたりするようになりましたね。

せれな:そうそう、その注文をうけてこっちでは「なんだかすごくイケてるお店から注文が来たぞ! ここに置いてもらえたら嬉しいねえ」って、商品と一緒に手紙を書いて、交流が始まっていきました。私たちもお店に足を運ぶタイミングをずっとうかがってたんですよ。

ぽん:その間も注文のやりとりが何度か続いて、初めてお会いしたのは焼酎のイベントだったかな。あれ、めっちゃ嬉しかったです。そのときにはもうすでに黒糖焼酎にすっかりハマってて、Night KIOSKで「Kokutou Shochu Club」という企画も始めちゃってて。だから西平酒造はまさに私の「推し」のような感覚で、会うのすっごく緊張したなあ。

せれな:そこでオリジナルのステッカーやキーホルダーをもらって、とても感動したんですよ。奄美の関係者じゃない人が、こんなに黒糖焼酎を楽しんでくれているんだ! って。

ぽん:そのあと2023年の12月頃、せれなさんがNight KIOSKに飲みに来てくれたんですよね。

せれな:一緒に初めて飲んで、ぽんちゃんの珊瑚愛に感動しました。実は私、家業を継いだらいつか珊瑚をリニューアルしたいとかねてより考えていて、奄美へ帰って杜氏になったタイミングで、珊瑚の味をちょっと変えたんです。昔の味は結構辛めで頑固親父が飲む焼酎みたいなイメージの味わいで、ちょっと飲みにくい印象のある焼酎だったんですよね。
生意気にも当時の杜氏さんに「若い人にも飲んでもらえるようにしたいです」と相談したら快く「これからはあなたたちの時代だから」って言ってもらえて、そこから一緒に改良していって、今の味になったんです。
そのときはパッケージデザインは変えないまま味だけ変えて、デザイン的に大きく打ち出すきっかけもなく……。だからぽんちゃんに出会って、その珊瑚愛に感動して、勢いでHAGISOさんにリブランディングをお願いしたんです。

左から、北川(HAGISO)、顧(HAGISO)、西平せれな、川元美穂

ぽん:すごくびっくりしました。推しが飲みに来てくれただけじゃなくリニューアルまで!?って。

顧:なにが決め手だったんですか?

せれな:フィーリングですね。だから私も社員の誰にも相談せずに「やるからね」って。

川元:私もあとから聞いてHAGISOさんを調べてみたんですけど、手がけている媒体やデザインされているものを見て「ああ、大丈夫だろうなきっと」とすぐせれなさんと同じ気持ちになりました。

せれな:この縁がなければGINZA SIXでのポップアップイベントもなかっただろうし、私たちのよさも知られていなかったかもね。

合言葉は「デザインでぶっちぎろう」

顧:ぽんちゃんとせれなさんが会ってご依頼をいただいたのが2023年12月、そこから約半年間ご一緒して、2024年8月にお披露目しましたよね。珊瑚のデザインをリニューアルするに当たって、西平酒造さんからの要望って、最初はあんまりありませんでしたよね。
HAGISOも最初は、伝統を守ったデザインのほうがいいのかなと考えていたんです。振り切ったほうがいいのか、それとも元々の伝統を残すのか、結構悩みました。

顧:西平酒造さんはこれだけ歴史があるので、守るべきものを大切にしたうえでのアップデートになるだろうと思っていましたが、打ち合わせに訪れた際に西平酒造さんからは「全然気にしないでいいので、どんなアイデアでも大丈夫です。変えてほしい!」と言ってもらえたことに驚きました。

せれな:私たち的には壊したかったんですよね。

川元:そうそう。「デザインでぶっちぎろう」が合言葉でした。2021年頃にせれなさんが代表に就任して、会社のミッションも決めていこうとしていた時期でしたしね。

せれな:売上や別の要素で他の大手と戦うのが難しいなら、とにかく1回デザインでぶっちぎろうぜって、リニューアルに乗り出していったんです。

川元:酒蔵に実際に足を運んでくださって、実地での打ち合わせも、2024年の2月と3月にありましたよね。終盤は週1ぐらいで打ち合わせをしてましたね。

初回の打ち合わせ

せれな:楽しすぎてもう、文化祭みたいでした。チームも図らずも女性だけで、なんだか女子高生時代を思い出してましたね。「うちらって最強だよね!」って無敵なテンションで、なんでもできる気がしてた。焼酎業界は特に男性が多いので「ああ、この感じって今までになかったかも」とそこにも気付けました。すごくいいマインドで臨めたからこそ、こんなにいいものができたんだと感じています。

ぽん:最初に出したデザインが5案あって。1・2番目ぐらいは今のこの珊瑚のトーンと同じで、3・4・5はもう結構ポップなテイストでしたね。

せれな:どうしても2つの案を選べなくって、合体させたんですよね。

リニューアル後の珊瑚

顧:珊瑚の産卵は、満月の夜の海にたくさんの卵が放出されて神秘的だという話を聞いていたので、外側のフォルムを珊瑚の玉にして、丸くすることによって、ちょっとポップで可愛らしい感じのデザインにしました。リニューアルしてから、普段のお取引先や業界の方々からの印象や、普段の顧客さんからの印象って、変わりましたか。

せれな:全く変わりましたよね。まずGINZA SIXで行った「TOKYO上陸大作戦」でもお客さまから「これなに?」って新鮮なリアクションをもらえたことが嬉しかったです。

顧:ワインや日本酒と比べると、焼酎ってデザインから入っていく人は少ないかもしれませんね。

せれな:だから本当にデザインって大事だというのを、再確認しましたね。私、以前から思ってたんですけど、音楽も「ジャケ買い」っていう言葉があるくらいビジュアルの要素って重要じゃないですか。一方で焼酎は中身にすごく拘るのに、その外側のデザインは自分たちでは分からないから、あとは印刷会社にお願いしちゃう。そこに魂を入れないのはもったいないなあと常々考えていました。

ぽん:一本のなかにここまでストーリーのあるお酒も珍しいですよね。

せれな:だからHAGISOさんがちゃんと、珊瑚の特徴をデザインで表現してくださったおかげで、お客さまの前で珊瑚のよさを伝える時も、ちゃんと熱を持って伝えられるようになりました。中身と外見、ちゃんとそこが一貫しているからお客さんにも魅力が伝わりやすいんだと思います。

顧:HAGISOとしては、デザインだけが独り歩きしないようにしたいなっていつも思ってるんですよ。自分たちのお店の企画を手がける時も、ご依頼を受けてデザインする時も、やっぱり背景にあるストーリーや、引っ張っていくテーマが、ちゃんとなくてはならないんです。
そういう意味で、せれなさんや美穂さんに案内してもらいながら、酒蔵の歴史や、珊瑚の産卵の話を知って、一緒に話し合って。ここでの出会いや発見、これまでの対話の厚みがないと、このデザインは生まれませんでした。一緒に過ごした時間のぶんだけ、デザインに芯がある。そこがHAGISOの強みなのかなと思います。

せれな:このデザイン、うちの人たちの「手のプリント」で図柄を形作っているじゃないですか。代々受け継がれている思想や、うちの蔵が手作りにこだわっていることをデザインで表現するために、指紋の一部が使われている。それを感受性の豊かなお客さんに説明したら「そんな素敵な話が……」って泣いてくれて。そうやって人を感動させられるのは、愛情があるデザインだからなんだと思います。

職人たちの手のプリントを図案にしたロゴ

せれな:奄美を象徴する珊瑚の神秘的な産卵をモチーフにしているところに、黒糖焼酎「珊瑚」へのものすごい愛を感じるし、それが珊瑚の産卵のように大きな世界へと「西平酒造」の存在が広まっていく……というストーリーがデザインに込められているのに、私自身もすごく感動しました。

100周年のその先で

顧:100周年を控える西平酒造さんですが、今後の展望はありますか。

せれな:100周年は大々的なイベントを奄美でやりたいと画策しています。今までお世話になったHAGISOの皆さんはもちろん、西平酒造に関わってくださった方々をお招きして「祭」をやりたいなと!

顧:ぽんちゃんの黒糖焼酎への今後の展望はどうでしょう。

ぽん:飲食店の役割は「届けること」なので、やっぱり作り手と飲む人とをどうやって繋げていくか、いろんな方法でトライしていきたいです。GINZA SIXのプロデュース企画もその一つですし、そういう試みを続けつつ、シンプルに黒糖焼酎へ出会う人を増やしたいですね。

ぽん:お酒の市場には商品が増えているけど、一人ひとりの飲み方を見ていると「これ!」っていうお酒の選択肢って意外とないというか。そういう定番に西平酒造の黒糖焼酎が選んでもらえるようになったらいいなと思いますね。
少しオーバーな表現かも知れないんですけど、ボトルのお酒は民芸品っぽいところがあるというか、自宅に据え置いて少しずつ飲んでいくじゃないですか。見て楽しくて、飲んで美味しい。そういう楽しみ方が西平酒造のお酒はどれもできるから、その魅力をもっと各家庭へ届けていきたいですね。

川元:私たちもつい売ることだけを考えてしまいがちなんですけど、売ったあとのその先があって、ちゃんと「一人ひとりが飲むシーン」みたいなところまで、もっと想像しなきゃいけないですよね。

せれな:GINZA SIXでの手応えを活かして、東京でまた別の方法でお客さんに届けられたらいいなあと考え中です。そのときに企画した、都内の飲食店を巡る「SANGOスタンプラリー」のフォーマットを奄美でもできないかなあと。奄美の人々を招いた試飲会もしていきますよ!

【クレジット】
取材場所:西平酒造株式会社
構成・執筆:遠藤ジョバンニ

RELATED
INFORMATION

関連情報